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予測市場

予測市場 1枚まとめ

予測市場とは

予測市場(prediction market) は、将来の出来事の結果に応じて払い戻しが決まる証券を取引させ、その価格から出来事の確率を予測する仕組み。

確率変数 ω\omega が標本空間 Ω={1,…,N}\Omega = \{1, \dots, N\} の値をとるとき、その確率分布 p=(p1,…,pN)\boldsymbol{p} = (p_1, \dots, p_N) を知りたいとする。例えば「次の選挙で誰が当選するか」「来月の政策金利は上がるか」。

予測市場では、各結果 nn に対応する証券を発行し、

  • 結果が nn になったら、証券 nn を1枚につき1(例えば1ドル)で払い戻す

  • それ以外の証券は無価値になる

とする。リスク中立的な参加者は、自分の信念 p^n\hat{p}_n より証券の価格 πn\pi_n が安ければ買い、高ければ売る。その結果、市場価格は参加者たちの信念を集約したもの になり、

pn≈πn∑iπip_n \approx \frac{\pi_n}{\sum_i \pi_i}

と予測できる。アンケートで直接確率を尋ねるのに比べ、

  • 損得がかかっているので、参加者が本心と違う回答をしにくい

  • 情報を持つ人ほど儲かるので、情報を持つ人が参加する動機がある

という利点がある。

歴史

時期出来事
1988〜アイオワ電子市場(Iowa Electronic Markets)。大学の研究目的で選挙の予測市場を運営
2001〜2003米国防高等研究計画局(DARPA)のPolicy Analysis Market。テロや政変を賭けの対象にするとの批判で中止
2003〜2007Hansonによる LMSR の提案
2005〜2011Google、Yahoo!などで社内予測市場が盛んに試される
2010年代運営の難しさや賭博規制のリスクから下火に
2014〜ブロックチェーン上で再興。Truthcoin(Hivemind), Augur(2018), Polymarket(2020)
2024米国大統領選挙でPolymarketの取引量が急増し、世論調査より正確だったと注目される

取引の方式

予測市場の証券をどうやって売買させるかには、いくつかの方式がある。

方式内容課題
連続ダブルオークション(板取引)買い注文と売り注文をマッチングする結果の選択肢が多く参加者が少ない予測市場では、板が薄くなりやすい
パリミュチュエル(競馬方式)賭け金を集め、当たった人で分け合う途中で売買できない。情報が価格に逐次反映されない
AMM(自動マーケットメーカー)運営者(またはコントラクト)が常に取引相手になり、価格を自動的に決める運営者が損失を負担する

AMM方式の代表が LMSR(Logarithmic Market Scoring Rule) で、その基礎には proper scoring rule の理論がある。

Proper Scoring Rule

後で答えが判明する問いについて、予測者に確率を報告させ、答えが出た時点で報告に応じたスコア(報酬)を与えるとする。正直に自分の信念を報告したときに、スコアの期待値が最大になる スコアリングルールを proper scoring rule と呼ぶ。

信念を p^\hat{\boldsymbol{p}}、報告を r\boldsymbol{r}、結果が nn のときのスコアを sn(r)s_n(\boldsymbol{r}) とすると、

∑n=1Np^nsn(p^)≥∑n=1Np^nsn(r)(∀r)\sum_{n=1}^N \hat{p}_n s_n(\hat{\boldsymbol{p}}) \ge \sum_{n=1}^N \hat{p}_n s_n(\boldsymbol{r}) \quad (\forall \boldsymbol{r})

が成り立つものがproper。等号が r=p^\boldsymbol{r} = \hat{\boldsymbol{p}} のときだけ成り立つなら strictly proper という。

ルールスコア sn(r)s_n(\boldsymbol{r})proper か
線形スコアrnr_nproperでない(確信度を誇張したほうが得)
対数スコア(LSR)ln⁡rn\ln r_nstrictly proper
二次スコア(Brierスコア)2rn−∑iri22r_n - \sum_i r_i^2strictly proper

2択の場合、対数スコアの期待値 p^ln⁡r+(1−p^)ln⁡(1−r)\hat{p}\ln r + (1-\hat{p})\ln(1-r) を rr で微分して0とおくと

p^r=1−p^1−r  ⟺  r=p^\frac{\hat{p}}{r} = \frac{1-\hat{p}}{1-r} \iff r = \hat{p}

となり、正直な報告が最適であることが分かる。

<Figure size 1100x320 with 3 Axes>

線形スコアでは、信念が0.6でも1を報告するのが最適になってしまう。対数スコアと二次スコアでは、正直に0.6と報告するのが最適になる。

LMSR

LMSR(Logarithmic Market Scoring Rule) はHanson(2003, 2007)が提案した予測市場のAMM。対数スコアに次の2つの変更を加えたものと見なせる。

  1. スコアを逐次的にする:各参加者は、直前の報告からの差分 sn(rt)−sn(rt−1)s_n(\boldsymbol{r}_{t}) - s_n(\boldsymbol{r}_{t-1}) をスコアとして受け取る。前の人より良い予測をした人だけが得をする

  2. 報告を証券の売買に置き換える:確率を直接報告する代わりに、証券を売買すると価格(=確率)が動く

コスト関数

各証券の発行済み枚数を q=(q1,…,qN)\boldsymbol{q} = (q_1, \dots, q_N) として、コスト関数を

C(q)=bln⁡∑i=1Neqi/bC(\boldsymbol{q}) = b \ln \sum_{i=1}^N e^{q_i / b}

と定める。q\boldsymbol{q} から q′\boldsymbol{q}' に変える取引の代金は C(q′)−C(q)C(\boldsymbol{q}') - C(\boldsymbol{q})。各証券の瞬間的な価格は

πn=∂C∂qn=eqn/b∑ieqi/b\pi_n = \frac{\partial C}{\partial q_n} = \frac{e^{q_n / b}}{\sum_i e^{q_i / b}}

で、ソフトマックス関数 になる。価格は常に正で合計が1なので、そのまま確率として解釈できる。

  • bb は 流動性パラメーター。大きいほど、同じ枚数の売買による価格の変化が小さい

  • 運営者の最大損失は bln⁡Nb \ln N に抑えられる。初期状態(全確率 1/N1/N)から、ある結果に確率1を付けられて、それが的中した場合が最悪で、そのとき運営者が払うスコアは ln⁡1−ln⁡(1/N)=ln⁡N\ln 1 - \ln(1/N) = \ln N に bb を掛けたもの

取引         q          C(q)     支払額   価格 (A, B)
初期状態       [0, 0]    0.693           (0.500, 0.500)
Aを1枚買う     [1, 0]    1.313  +0.620   (0.731, 0.269)
Aを1枚買う     [2, 0]    2.127  +0.814   (0.881, 0.119)
Bを1枚買う     [2, 1]    2.313  +0.186   (0.731, 0.269)
Aを1枚売る     [1, 1]    1.693  -0.620   (0.500, 0.500)

運営者の最大損失(b=1, N=2): 0.693

初期状態でAの証券を1枚買うと、代金は約0.620で、Aの価格(確率)は0.5から0.731に上がる。Aが勝てば1を受け取れるので、利益は約0.38。これは、対数スコアで確率の報告を0.5から0.731に更新したときのスコアの増分 ln⁡0.731−ln⁡0.5≈0.38\ln 0.731 - \ln 0.5 \approx 0.38 と一致する。つまり、証券を1枚買うことは、確率を報告し直すことと同じ になっている。

<Figure size 600x350 with 1 Axes>

ブロックチェーン上の予測市場

ブロックチェーンで予測市場を作る動機には、

  • 運営者を介さず、取引の履歴や払い戻しを検証可能にできる

  • 適切なインセンティブ設計があれば、運営コストを極めて小さくできる

  • 「市場を通じて自律分散的に意見を集約する」という思想が、ブロックチェーンそのものと共通している

といったものがある。一方で、結果(現実の出来事)はチェーンの外の情報なので、オラクル問題 が避けられない(→オラクル)。

Augur(2018年)

DAppsとしての分散型予測市場の元祖。自律分散性を徹底的に追求した。

  • 市場の作成:誰でも手数料とデポジットを払えば市場を作れる。作成者は取引手数料を得る

  • 取引:ETHによる板取引

  • 結果の判定:最初の報告者が結果を報告し、異議があればREPトークンの保有者が正しいと思う結果にREPを賭ける。多くのREPを集めた結果が採用され、外れた側のREPは正解側に分配される。決着がつかなければAugur自体がフォークする

しかし、

  • 倫理的に問題のある市場(特定の人物の死亡を賭ける「暗殺市場」など)が作られた

  • 板が薄く、ETHの価格変動とgas代が重荷になった

  • 結果の確定までに1週間以上かかった

など、使い勝手の悪さからユーザーが増えず、開発は停滞した。

Polymarket(2020年〜)

現在最もよく使われている予測市場。ある程度の自律分散性を犠牲にして、Augurの弱点を潰している。

項目AugurPolymarket
市場の作成誰でも運営者が審査して作成
取引の通貨ETHUSDC(ステーブルコイン)
取引方式オンチェーンの板取引オフチェーンで注文をマッチングし、決済だけをオンチェーンで行うCLOB(中央指値注文板)。Polygon上で動作しgas代を削減
流動性の確保—中値付近に指値を出したマーケットメーカーに報酬を支払う
結果の判定REPトークンによる投票UMAのオプティミスティックオラクル。報告から2時間異議がなければ確定、異議があればUMAトークン保有者の投票

これを妥協と見るか改善と見るかは議論が分かれる。

Gnosis Conditional Token Framework

Gnosisは予測市場のための部品として、Conditional Token Framework(CTF) を提供している。

  • 予測市場の証券(結果トークン)を、1つのERC-1155コントラクトで発行・管理する。市場ごとにコントラクトをデプロイする必要がない

  • 1 USDCを預けると、全結果のトークンを1枚ずつ受け取れる(split)。全結果のトークンを1枚ずつ揃えれば1 USDCに戻せる(merge)

  • 「Aが予備選で勝ち、かつ本選でも勝つ」のような 条件付きの結果 も、トークンを階層的にsplitして表現できる

PolymarketもCTFで結果トークンを発行している。一方、CTFが用意したAMM(LMSR、CPAMM)はあまり使われていない。LMSRは指数・対数の計算でgas代がかさみ、CPAMMは結果ごとにプールが分かれて流動性が集まりにくいためである。

参考文献

  • 水山元 (2014). 予測市場とその周辺. 人工知能, 29(1), 34-40.

  • Hanson, R. (2003). Combinatorial Information Market Design. Information Systems Frontiers, 5, 107-119.

  • Hanson, R. (2007). Logarithmic Market Scoring Rules for Modular Combinatorial Information Aggregation. The Journal of Prediction Markets, 1(1), 3-15.

  • Chen, Y. & Pennock, D. M. (2010). Designing Markets for Prediction. AI Magazine, 31(4), 42-52.

  • Wolfers, J. & Zitzewitz, E. (2004). Prediction Markets. Journal of Economic Perspectives, 18(2), 107-126.

  • Peterson, J. et al. (2015). Augur: a Decentralized Oracle and Prediction Market Platform.

  • Polymarket Documentation