『ハーバード流交渉術』#
ハーバード大学の法科大学院の授業で取り扱われた内容をもとに、 1981年に “Getting to Yes”というタイトルで出版された(最新の日本語版は『ハーバード流交渉術: 必ず「望む結果」を引き出せる!』)。
大別して3つの戦略が書かれている。紙面の7割以上は原則立脚型交渉術に割かれている。
3つの戦略
原則立脚型交渉術(principled negotiation)
自分の行動について。
条件に固執するのではなく、案件の解決にこだわる姿勢を見せる。お互いの利益を得られるように一緒に考えていく。
交渉の柔術
相手の行動に着目する方法
相手が原則立脚型に乗ってこず駆け引き型の交渉を続けようとする場合に使う戦略
統一案方式
第三者を利用する方法
「原則立脚型交渉」にも「交渉の柔術」にも相手が乗ってこない場合は、原則立脚型交渉が身についている人物を交渉に加える
原則立脚型交渉#
「ハーバード流交渉術(Getting to Yes)」あるいは「原則立脚型交渉(principled negotiation)」あるいは「実体重視交渉(negotiation on merits)」と呼ばれるものが紹介されている。
原則立脚型交渉の4つの原則
人:人と問題を切り離す
利益:「条件や立場」ではなく「利益」に注目する
選択肢:お互いの利益に配慮した複数の選択肢を考える
基準:客観的基準にもとづく解決にこだわる
1. 人:人と問題の分離#
相手を攻め崩そうと対立するのではなく、相手は一緒に問題を解決するパートナーとする
相手の感情のケア#
人の心の問題に対処するには、
認識
感情
コミュニケーション
が重要
認識#
認識にずれがないか?あれば真偽を確かめて認識を共有する必要がある
借り主の認識 |
大家の認識 |
---|---|
家賃はすでに高すぎる |
しばらく家賃を上げていない |
物価が上がっているからこれ以上は払えない |
物価が上がっているのでもっと家賃収入がほしい |
このくらいのアパートならもっと安いところがある |
同じようなアパートでもっと高いところもある |
家賃は催促されたときに必ず払っている |
催促するまで絶対家賃を払わない |
大家は自分に関心がなく、生活ぶりを気遣ってくれたこともない |
自分は借り手のプライバシーを尊重する良識ある大家 |
すべきこと:
相手の認識に一体化する:相手のものの見方に寄り添い、心情に心から共感する
関係者を早く巻き込む:賛成してもらえる確証のない結論を受け入れてもらうには、その結論を出すプロセスに相手を関わらせる事が重要。プロセスに関わることが合意に近い
例:アパルトヘイトが1994年に終結する前に、白人穏健派が黒人通行制限法を廃止しようとしたことがあったが、白人のみの委員会で勝手に決めたので不信感をもたれて信用されず失敗した
面子を立てる:面子を立てるのは、交渉に立つ人間の立場や方針と合意とのギャップを調整する作業であり、軽んじてはいけない
感情#
交渉者の感情の多くは5つの基本的な利益から生じている
自律性:自分に関することを自分で決めてコントロールしたい
価値理解:存在や価値を認められたい
つながり:仲間の一員になり、受け入れられたい
役割:有意義な目的をもちたい
ステータス:公平に見られ、評価されたい
これらの関心事を踏みにじると、相手に強いマイナスの感情を生じさせやすい。配慮すれば信頼関係を生みやすい。
お互いの感情を明らかにすることも大切#
例:「当方といたしましては、不当に扱われているという印象がありまして、合意に達しても守っていただけるという確証がもてません。心外だとおっしゃられるかもしれませんが、それが率直なところです。私個人は無用の心配ではないかとも思っているのですが、他の者がそのように感じています。御社の皆さんも同じようなお気持ちでしょうか」
怒りや不満などの負の感情は、溜めるより吐き出してもらうほうがいい
コミュニケーション#
コミュニケーションの問題
交渉者が相手に向かって話しているとは限らない
表面上はそうしていても、理解してもらうことを期待していない可能性もある。このケースでは、合意を目指すよりも相手の足をすこうとして、他の人々を味方につけようとしたりする
こちらが腹を割って話しているつもりでも、向こうが聞いていないこともある。
自分が次にどう切り返すか考えるのに必死だったり
受け止め方のズレ
解釈のズレや、翻訳により異なるニュアンスで伝わったり
対策:
一番実践しやすいのは、相手の話をきちんと聞くこと。
「それは、こういうことと理解してよろしいでしょうか」「つまりこういうことでしょうか」といった、聞いていることが相手に伝わるようにコミュニケーションをとる
2. 利益:「条件や立場」ではなく「利益」に注目する#
条件ではなく利益に注目する#
ある図書館で、2人の人が言い争っている。 一方の人は窓を開けたいが、もう一方は閉めたままにしておきたい。 「ちょっとだけ」「半分」「4分の3」と、どれだけ開けるかで言い争っている。
そこに司書がやってきて、開けたがっているほうに理由を聞くと「空気を入れ換えたいから」といい、閉めたがっているほうは「風が入るのが嫌だから」という。
司書は隣の部屋の窓を全開にし、両者の言い分を叶えた。
→ 「窓をどれだけあけるか」という「条件」ではなく、「空気を入れ替えたい」「風が入ってこないほうがいい」という両者の「利益」に着目し、解決策を考えた
両者が利益を得られる解決策を(一緒に)考えるのがよい
相手の背後にある利益に注目する#
1967年の第3次中東戦争でイスラエルはエジプトのシナイ半島を占領した。
1977年、和平の交渉が始まった。イスラエルはシナイ半島の一部の支配権を主張し、エジプトは完全返還にこだわったため、当初はお互いの主張が噛み合わなかった。
イスラエルが求めていた真の利益は「安全保障」であり、エジプトは「主権侵害」であった。
そこで、「シナイ半島をエジプトへ完全返還する一方で、一部地域を非武装化する」という、両国の利益が確保できる和平案になり、両国代表が合意した。
(参考:エジプト=イスラエル平和条約)
条件をどう見るか#
相手の身になって考え、それぞれの条件について「なぜこの条件を提示しているのか」を考える
イラン革命後、武装した学生がテヘランで52人の米外交官と大使館員を人質にとってたてこもった。
武装学生のリーダーがなかなか人質を解放しなかった
解放した場合のメリットや解放しなかった場合のメリットを考えると、解放が遅かったのも理解しやすい
利益に関する欲求#
人々の基本的な欲求
安全・安心
経済的豊かさ
つながり
認知
自律
例:メキシコとアメリカの天然ガスの交渉で、メキシコが買取価格の値上げを要求。アメリカのエネルギー長官は承認せず、メキシコが憤慨。メキシコは「対等に扱って欲しい」という「つながり」と「認知」の欲求をもっていたが足元を見られた交渉に腹を立てた。
重大さを理解させる#
具体的に説明する
例:「先週だけで子どもが三回も御社のトラックにひかれかけています。」
自分の主張・利益の正当性を納得してもらう
同じ立場なら同じことを思うはずだ、という気持ちにさせる
例:「○○さんはお子さんはいらっしゃいますか。あなたの家の前をしょっちゅうダンプカーが時速60キロで走っていたらどう思われますか」
相手の利益を理解していることを伝える
例:「○○さんのお立場としては、少ない費用で短期間に仕事を終わらせて、安全な工事をする会社だという評判を維持されたいわけですよね。違っていたらおっしゃってください。もし、他にも何か重要視されていることがあればご教示ください」
着地点を考えてから交渉に臨む#
お互いの利益を明らかにできたら、具体的な合意の選択肢(合意案)を考えておく。手ぶらで交渉に臨まない。
ただし、より良い利益のために変更する可能性も視野に入れておく。
3. 選択肢:お互いの利益に配慮した複数の選択肢を考える#
選択肢(合意案)を複数考える#
イスラエルとエジプトの和平のように、お互いの利益を得られる解決策を柔軟な発想で考えられるのが理想。
しかし現実には、「オレンジを分ける子供」の寓話のようになりがち
2人の子供が1つのオレンジを取り合っていて、半分に分けた。
1人は実を食べて皮を捨てて、もう1人は実を捨てて皮でマーマレードを作った。
(もし、1人がまるまる実をもらって、もう1人が皮を貰っていればお互いに最大の利益を得られた)
さまざまな選択肢を考えることを阻害する要因は、主に4つある
アイデアの切り捨て
アイデアの問題点を探そうとする批判意識で、自由な発想を抑え込んでしまう
単独の答えを探してしまう
ほとんどの人は条件の差を埋めるだけで手一杯で、新たな選択肢を増やそうとしない
パイの大きさが固定だという思い込み
自分が利を得るか、相手が得るかのゼロサムゲームのように考えてしまう
相手の問題は相手自身が解決するべきだという考え
自分の目先の利益にしか関心がない
対処法:ブレインストーミング
アイデアを出す段階ではアイデアを批判・評価しないようにするとよい
共通の利益#
交渉では例外なく共通の利益が潜在している。
「関係を維持することはお互いの利益になるか」
「協力して双方の利益を追求することで、どんな可能性が開けるか」
「交渉が決裂したらどんなデメリットがあるか」
「適正な価格など、双方が尊重できる共通の基準はないか」
共通の利益が明らかになったら、その達成を共通の目標に設定するなどして具体化する
共通の利益にフォーカスすれば交渉もスムーズになる。
4. 基準:客観的基準にもとづく解決にこだわる#
客観的な基準#
意見に対立があるとき、客観的な基準に基づいて話を進めるとスムーズにいくし、折れにくい意見を持った自分になれる。
深海底から採掘する企業から、初期租鉱料を採鉱地1箇所あたり年間6000万ドル徴収する提案をインドが行った。アメリカは「初期租鉱料を徴収するべきではない」と反対した。
MITが開発した海底採掘の経済モデルをひとつの基準として使うことになり、6000万ドルがいかに法外な金額なのかが明確になり、インドは態度を改めた。
一方、このモデルを使うことで多少の初期租鉱料は払える事に気づいたアメリカも態度を改めた
家を立てるとき、業者が「希望通りの建材を使うので、基礎を浅めにしてもいいですか」と訊いてきたとする
→「客観的な安全基準はありますか?他の家はどうなってますか?」という姿勢にすれば、相手からのプレッシャーにも毅然と立ち向かえる
どの基準を選ぶか#
客観的な基準は複数見つかる事が多い。どれを選ぶべきか?
正当性
実用性:例えば国境紛争では川や山など物理的に目立つ地形のほうが「川からnメートル」などで分けるよりわかりやすく実用的
相互性:双方に適用されるものであること。それにより公平性が感じられる
どう実行するか#
シンプルな参考になる方法が「ケーキカットのルール」
ケーキカットのルール
公平な手続きのひとつ。
子供が2人いて、1つのケーキを切り分けるとする。もし「自分が切って、自分が選ぶ」ようにすると、(合理的経済人なら)自分の分は大きく切る。
しかし「相手が切って、自分が選ぶ」という方式ならズルできず、均等に切ることが合理的になる。
海洋法においてもこの方法が使われた。
海底の採掘地をどう割り当てるかで議論が揉めた。半分を民間企業が採掘し、残りを国連が保有する事業体(エンタープライズ)が担当することで合意したが、富裕国の民間企業のほうがよりよい採鉱地を見極められる技術を持っているため、エンタープライズが不利になるのではないかと貧困国側が恐れた。
最終的な解決策は、海底採掘を行う民間企業が2つの採鉱地を提示し、エンタープライズ側が片方を選んでもう片方の採掘許可をその企業に与えるというものだった。
実行時は次の3点を意識するとよい
各争点の客観的な基準を一緒に探っていく
理を説き、相手の理に耳を傾ける
圧力に屈せず、原則に基づいて交渉を進める
1. 客観的な基準を一緒に探る
「私は安く買いたいですが、○○さんはやっぱり高くお売りになりたいですよね。公正な価格を一緒に考えてみませんか。一番客観的な基準になりそうなものって何でしょうね」
これで「公正な価格」という共通のゴールが生まれる。自分が考えておいた基準を1つか2つ提示するのもいい。例えば類似物件の価格、専門家の査定など。 その後で、相手側の意見や提案を聞くことも忘れないこと。
2. 根拠を聞く
相手側が最初の提示条件として「255,000ドルでお売りします」といってきたときは、「その金額にされた理由のようなものがあれば、ぜひお聞かせいただけますか」などと聞いてみる。
相手側も公正な価格を目指しているという前提で話を進めていく。
3. まず原則の部分で合意する
具体的な条件を検討する前に、何をものさしにするかで意見を一致させるのがよい。基準は複数の場合もある。
相手側が提案してきた基準は、説得に用いることができる。自分の主張を相手の基準に照らして説明すれば説得力が増すし、その基準を問題に適用するのを拒みにくくなる。
交渉が決裂した場合にとれるベストな行動を考えておく#
交渉が決裂した場合にとれるベストな行動 (Best Alternative To a Negotiated Agreement:BANTA)を考えておく。
交渉が決裂したときにとれる行動のリストを作る
それらのうち、特に有望なアイデアを改良して実現性を高める
ベストと思われるもの暫定案として選んでおく
交渉が決裂したときにとれる行動をリストアップする:B社に就職する、他の街で仕事を探す、自分で起業する
アイデアを改良する:例えばシカゴで働きたいなら、少なくとも1つは内定をとっておく
候補のアイデアからベストのものを選んでおく:例えばB社に就職する
A社との面談では、ベストな案(B社に就職)とどちらがよい条件かを比較することができるし、自分の交渉力も高まる。
相手のBANTAも予想する#
相手のBANTAも考えるとスムーズにいきやすい
相手が交渉決裂時のことを楽観視しすぎているようだったら、現実的な評価を助けてやればこちらの交渉力が強まる
お互いによりよい代替プランがあるなら、その交渉では「合意しないこと」が双方にとってベストかもしれない
交渉の柔術#
相手からの攻撃への対処#
相手の攻撃は主に3つ
自分の条件のゴリ押し
こちらの案への批判
こちら自身への攻撃
相手が条件をゴリ押ししてきたら#
突っぱねないほうがよいが、かといって受け入れる必要もない。
選択肢の一つとしてとらえて、
相手にどのような利益があるのか
どんな考えに基づいているか
その選択肢でお互いの利益がどれだけ満たされるか
改善できないか
を考える。
相手の考えについては「あなたが〇〇を要求する理由は何なのでしょう」などと訊いてしまっていい。
改善については、相手にも改善に注意を向けさせるために「相手側の条件を採用した場合の結果について話す」方法もある。 法外な要求の場合、「もしあなたが同じ立場でその条件を受け入れたらどう思いますか」と考えさせて気づかせることもできる。
こちら自身への攻撃#
耳を傾けて理解を示し、気の済むまでガス抜きさせたあとで攻撃の矛先を交渉の本題に戻すのがいい。
「交渉の柔術」の武器#
「交渉の柔術」の使い手が用いる武器は
断定の代わりに質問を活用すること
沈黙
断定の代わりに質問を活用する#
断定は反発を招く。質問すれば相手の見解を引き出して理解を深められる。
相手を誘導することもできる。質問された側は問題に向き合うことを迫られるので、うまくやれば相手の意識を本題に向けられる。
沈黙#
理不尽な条件を突きつけてくるとき
自分個人への攻撃をしてくるとき
こちらが真剣に質問しているのにまともに答えてもらえないとき
は、沈黙することが有効な手段になることがある。人は沈黙が苦手で、とくに自分に理がないことを自覚しているときは落ち着かない気分になる。
相手が「汚い手口」を使ってきたら#
手練手管型交渉#
嘘で騙したり、人間心理に付け入ったり、圧力をかけたりするような貪欲に実利を勝ち取る戦術を「手練手管型交渉」と呼ぶことにする。
相手がこの手法を使ってるとき、我慢してその場では折れることにする人が多いが、裏目に出るケースもある (例:1938年 ミュンヘン会談にて、合意できたと考えていたチェンバレン首相に対してヒトラーが要求を引き上げてきた。戦争を避けるためにチェンバレンは受け入れたが、翌年にWW2が始まった)
交渉のルールを交渉する#
手練手管型交渉には、交渉の手続きに関して原則立脚型交渉をとればよい。
以下の3ステップからなる
交渉のルールを交渉する3ステップ
相手の戦術を見極める
そのことを話題にする
戦術の正当性や妥当性を問いただす
相手の戦術がわかったら、話題に出すだけでも効果が薄れる。
「ジョーさん。私の思い込みかもしれませんが、あなたとテッドさんが例のいい人役とコワモテ役の役割分担をしているなんてことはないですよね。お二人だけで見解のすり合わせをしたいときは、遠慮なさらずおっしゃってください」
交渉のルールについての交渉は原則立脚型に行う。
1. 人と問題を切り離す#
相手の人間性ではなく、戦術に対して疑問を投げかける。
不当な戦術を使ったことについて相手を非難しないこと。相手が意固地になって戦術を放棄しにくくされる恐れがあるため。
❌️:「わざと逆光になる場所に座らせましたね」
⭕️:「日差しが眩しくて集中できません。なんとかならないでしょうか。無理なら今日のところは早めに切り上げようかと思います。新しい日程をセッティングしておきましょうか」
2. 条件ではなく利益に注目する#
相手が自分の条件や主張を固定化する戦術を取っている場合は、利益に注目させる
⭕️:「極端な主張を死守する態度をマスコミに示しているのはなぜですか。誰かからの批判を恐れているのでしょうか。それとも譲歩しなくてすむようにですか。私も同じことをしたら、どちらの利益にもならないのでは?」
3. 双方の利益に配慮した多様な選択肢を考える#
他の交渉方法を考えて提案してみる
4. 客観的基準にもとづく解決にこだわる#
交渉の進め方の原則に関してはハードな姿勢を貫こう。
それぞれの戦術の裏にある戦略を見極め、”提示されたルール” とみなして対応しよう。
「私のいすは低めで、後ろのドアが開いていますけど、これには何か理由があるのですか」
と訊いてみる。 また、相互主義にもとづいて
「明日はあなたがこちらに座ると考え考えてよろしいでしょうか」
「相手にコーヒーをこぼす役目を日替わりで交代しませんか」
と聞くこともできる
交渉が決裂した場合にとれるベストの行動#
交渉が決裂した場合にとれるベストの行動を考えておき、席を蹴って出ていくことも視野に入れておく。
お互いが望ましい結果を手にできる方法で交渉することにあまり関心をもたれていない印象を受けるのですが、私の気のせいでしょうか。とりあえず電話番号をお渡ししておきます。気が変わられましたらいつでもお電話ください。お電話があるまでは裁判という方向で検討させていただきます
手練手管への対抗#
手練手管のパターンは大きく3つ
意図的なごまかし
心理戦術
条件を通すための圧力
意図的なごまかし・嘘への対抗策#
嘘の情報 → 裏取りする
人と問題を切り離す。相手が誰であれ、信じるに足る根拠がないなら信用しない。
提示された情報は、裏取りを行う。それにより騙されにくくなるし、相手も騙そうという気持ちが起こりにくくなる。
権限のごまかし → 相手に権限があるか確認する
全権があるように見えて実は相手には決裁権がなく、別の人の承認が必要というパターンもある。合意したと思ったあとにこの嘘が出てくると面倒なので、事前に「この交渉に関して〇〇さんにはどこまで権限があるのでしょうか?」と訊いておく。
意図のごまかし → 遵守条項を含める
合意を守る意図があるように偽り、実際には履行しないケースもある。 この場合に備えてコンプライアンス(遵守)の条項を含めるとよい。
夫が子どもの養育費の支払いに同意しても、実際に払うのか妻が不安に思っているとする。
妻の弁護人は、この問題を相手(夫の弁護人)に突きつけ、反論を利用して言質を取ればよい。
妻側弁護人「養育費を月払いにする代わりに、家の純資産を奥さんの財産にするのはどうでしょう」
夫側弁護人「私の依頼人の信用性にまったく問題はありません。定期的に養育費を払うことを明文化しておきましょう」
妻弁護人「信用性の問題ではありません。必ず払うという確証はあるのですか」
夫側弁護人「もちろんです」
妻弁護人「では付帯条件をつけてもかまいませんね。支払い遅延が2度発生したときは、家の純資産がこちらの依頼人に移るというのはどうでしょう」
心理戦術への対抗策#
ストレスを与える交渉環境 → 変更を申し入れる
交渉を相手側の選んだ場所(相手企業の会議室など)と自分が選んだ場所(自社の会議室など)のどちらで行うか、も注意する必要がある。
なお「アウェー戦」は不利とは限らないという研究もある。相手がリラックスして提案を受け入れやすくなる効果もあるため。また、いざというときに退席しやすい。
相手側に交渉の場所を選ばせた場合、選んだ場所に注目する。自分がストレスを感じる場所になっているか考える。
部屋がうるさくないか
暑すぎたり寒すぎたりしないか
こちらの人間だけで話せないセッティングになっていないか
もしストレスを感じる環境にセットされていたら、そのことを遠慮なく伝えよう。変更するよう申し入れたり、場所や日を改めることを提案するとよい。
個人攻撃 → 攻撃されていることを察知し、そのことを指摘する
こちらを待たせる
中座して他の人間を相手にする
話に耳を傾けずに同じことを繰り返させる
わざと目を合わせない
といった対応をされると、こちらの地位が下であるかのように感じさせたり、交渉する気力が萎える。
こちらが戦術に気づけば効果を失いやすい。また指摘すれば同じ手を使われにくくなる。
Good Cop, Bad Cop → 原則立脚型で対応
交渉の代表者が複数いて、強硬な態度で迫る役と、間に入ってお互いの折衷案を取るようなふうにして結果的にこちらの譲歩を求める役が出てくるケースがある。
あるいは、その場にはいない人をBad Copにする(「私はこの条件で妥協したいのですが、上司がだめだと言うので…」)ケースがある(良い警官・悪い警官戦術|グロービス経営大学院 )。
こちらも原則立脚型でよい。
譲歩を求められた金額についても「その額が妥当であるという根拠を教えてもらえますか。どのような考え方に基づいているのでしょうか。妥当であると納得できたらお支払する用意はあります」
その場にいない人をBad Copにする手法は、事実関係をその本人に確認しに行く方法もある。
脅し
脅しはコミュニケーションが成立していないと機能しないので、そこを突く。
無視する
権限がない、短絡的、問題と無関係などの理由で無視する
脅し自体がリスクになるようにする
例:炭鉱の争議において、電話での爆破予告が相次いだ → 会社の受付係が「この電話は録音されています」と応じるようになって激減
Tip
脅しではなく警告をする
こちらがやるときは、自分の意志でとれる行動ではなく、意思に関係なく起こる事態を指摘するのがよい。
例:「合意に至らなければ、マスコミが交渉のドロドロした内幕を公表しようとするでしょうね。これだけ世間の関心が高まっている状況で、情報を隠すのは筋が通りませんし、できるとも思えません。○○さんはどう思われますか」
ゴリ押しへの対処#
交渉を拒否する
次のステップで対処するとよい
交渉を有利に進めるための戦術かどうかを見極める
交渉を拒否する理由を話し合う(直接 or 第三者を通じて)
どんな利益があるのか調べる(例:交渉に応じると組織から軟弱者と見られてしまう)
交渉のやり方に関する選択肢をいくつか提示する
極端な要求 → 相手の戦術を指摘し、根拠を追及
譲歩する幅を確保したいために、最初に極端で非現実的な値をふっかける手法。
対処:相手の戦術を指摘して、どういう根拠に基づくのかを追求していく。
ちょっとずつ要求をエスカレートさせる → 相手の戦術を指摘
合意に達したと思うたびに「ちょっとした問題がまだ1つ残ってまして…」と追加の要求をしてくる戦術。
対処:相手の戦術を指摘する。場合によっては休憩を申し入れて、交渉を続行すべきか、続行するならどういう形で進めるかを考える。
自分の条件を固定化する
条件にコミットして譲歩できなくする戦術。
例えば、労使交渉で組合代表が「15%以下の昇給は絶対に受け入れない」と組合員に宣言する。受け入れると面子が潰れるのでより強硬に主張できるようになる。
脅しと同様にコミュニケーションが成立していることが前提。
原則立脚で対抗
「そのように公言してしまったことはわかりました。しかし、こちらとしては正当な理屈以外には屈しない方針です。どう解決するか一緒に考えましょう」
効果を薄れさせる
「大きな目標を立てるのは結構なことです。こちらの目標をお話しましょうか…」
統一案方式#
努力しても交渉を駆け引き型から原則立脚型に変えられなかったときは、第三者に介入してもらうのがよい。
直接の利害関係がない(でも、交渉はさっさと妥結してほしい)調停役なら、人と問題をうまく切り離して利益と選択肢に注目した議論に導けることがある。
ある夫婦がいて、それぞれの要求が対立しているとする。
統一案方式を知っている建築士なら、
要望と真の利益を聞き出す:具体的な出窓の大きさの要求を聞くのではなく、なぜ出窓がほしいのか、日差しがほしいのか、景色が見えるようにしたいのか、など
それぞれのニーズをリストアップし、夫婦に批判的に問題点や改善点を指摘してもらう(たたき台をもとに批判するのは大抵の人にできる)
ラフな見取り図を見せて夫婦からフィードバックをもらう作業を何回か重ねる
これ以上改善できないと建築士が思ったら「私の力ではこれがベストです。ご指摘のあった対立点は建築分野の専門的見地で解決を図りました。私としてはこのプランをおすすめいたします」という提案を行う(客観的基準の提示)
アメリカが調停者となり、エジプトとイスラエルが和平が成立した会談。 アメリカは両国の要求を訊いて暫定草案を作成し、問題点を指摘してもらって書き直す作業を限界まで繰り返した。 カーター大統領が23番目の草案をイスラエルとエジプトに提示し、両国はこの統一案を受け入れた。
フレーズ例#
間違っていたらおっしゃってください
相手の異論を聞き入れる姿勢を見せつつ、事実や客観的基準に照らしたおかしさを指摘する
これまでのご厚情に感謝しています
相手への配慮は欠かさず、人と問題を分離している
信用するしないの問題ではありません
人と問題との分離を徹底する
公正な形で解決したいだけです
客観的な基準で解決したいのです
原則立脚型を貫く
事実確認のためにいくつか質問してよろしいでしょうか
断定的に事実を突きつけるのではなく、聞き出す形にする
あなたの行動の根拠となっているのはどんな考えですか
相手の条件や過去の行動が理にかなっているのかを確かめる
根拠の部分でちょっと理解できないところがあります
自分側の根拠となる客観的基準を調べて、相手の主張の根拠との不一致を突く
このように理解してよろしいでしょうか
相手の主張を自分の言葉で肯定的に言い直し、理解が正しいか確認する
公正な解決策の一つは…
自分側の提案はあくまで一つの案だとする
今ここで合意できた場合は、〇〇します。もし合意できなかった場合は△△(客観的基準に基づく行動)するかもしれません。 ただし、私も裁判は望んでおりません。話し合いで、お互い納得できる公正な解決策を見いだせると思っています。
合意してもらえればすぐ解決して面倒がないことを伝える。 合意できなかった場合、客観的基準(第三者によるアドバイスなど)に基づく行動をとる可能性があることを示す。 波風を立てないように、第三者を引き合いに出して距離を取る。
一緒に解決できてよかったです
交渉後はあらためて好意的な言葉をかける。関係と切り離して問題を話し合い、どちらにとっても公正と感じる解決策になれば怒りも抱いておらず今後も良好な関係を続けられる。